昨年、黒部五郎岳を征したあと西鎌尾根に取りついたところで悪天候に会い、槍を断念したこともあり、今年は喜作新道-東鎌尾根コースで槍に向うことにした。 同行は去年と同じ長野さんで、二人のパーティーであったが、槍までのほとんどの行程を単独行の若き女性と共にすることができ、楽しさも倍加するというものであった。
東鎌尾根コースは、表銀座ともいわれ北アルプス入門コースとして有名であるが、確かに北アルプスを楽しむ最高のコースの一つであろう。 以前槍沢をつめたことがあり、また今回槍平に降りた経験からして、槍に登るには断然東鎌尾根コースを勧めたい気がする。 (西鎌尾根は経験がないが、眺めた感じからは東鎌よりは単調であるような気がする)
東鎌尾根は、周りの山々を眺めながらの登頂である上に、目標の槍ヶ岳が見え隠れしながらどんどん近付いてきて、その懐に向かって突き進んでいき、最後は圧倒されるような思いでたどり着くという楽しさがある。 コースはかなりのアップダウンがあり、そんなに簡単なコースではなく、むしろタフなコースと捉えたほうがよいだろう。
7月27日、広島を出て中房温泉の宿に投宿。 たまたま夕食のテーブルの横に座った単独行の若い女性と会話を交わした。 北アルプスに来るのは初めてであるばかりか、山歴もまだまだ浅い様子であった。
朝、5時15分、三々五々登り始めたパーティーと前後して登山を開始する。 天気は曇りで、東の空に多少雲の切れ目があるのが天気回復へのわずかな期待である。 表銀座という割には登山者の数は少なく、静かな出発であった。
このコースは、すぐにかなりの傾斜の登りになる。 深い樹林帯の中、歩きやすい手入れのきいたジグザグをゆっくり登る。 何しろ燕山荘までの標高差1300mを一気に登りつめるコースなのである。 気温が低いせいか、それほど暑くはなく順調に高度を稼ぐ。1時間50分で第一ベンチ、雲の切れ目がなくなり、遠くで雷の音がし始める。 第二ベンチ、第三ベンチ(気がつかずに通過)とそれほどの苦労もなく進むが、雨がぱらついてきたので、上半身カッパを付けての登りとなった。 富士見ベンチに着いた時には、あたりは真っ暗な状態になり、雷光と3,4秒後の雷鳴が気になりだした。 あとで聞いた話によると、このとき燕山荘では雷光が間近で横に走る状況であったという。 さらに登り続けると、まさに滝のような雨が叩きつけはじめ、あっという間に登山路にそって雨水が流れ落ちる状態になった。 段差のあるところでは滝状になって落ちる。 たくさんのパーティーが引き返して降りてくる。 中には立ち止って登るべきか降りるべきか相談しているパーティーもある。 私たちは、相談もせず、ひたすら登り続ける。 広島から温泉に入りに来たわけではないのである。 危険な山道ではないし、雷も遠のきつつあったので、とにかく合戦小屋を目指す。
登山開始から2時間50分ぐらいで合戦小屋に到着したころには、雷鳴も雨もおさまりやれやれという感じであった。 小屋の人から、雷の危険性があるので、ここで待機してほしい旨の話があり、20人くらいの登山者とここで約40分の待機となった。 有名なスイカの姿もなく、また食べたいという状況でもなく、雨具を着てホットコーヒーを注文して飲む。
やがて小屋の責任者から、まだ完全に安全とはいえないが、「自己責任で行動を」との話があり、それとばかりに登りを再開する。 ここから、昨晩会話を交わした単独行の若い女性が自然と一緒に登るようになり、そのあと槍まで行動を共にすることになった。
約一時間後到着した燕山荘は、待機組の登山者であふれていた。 私たちもここで昼食(と言っても売店で買ったパン)をとり、様子をうかがう。
10時20分、いさぎよく降りる人(当事者の弁)、ここに宿泊を決めた人を尻目に、小雨で視界の利かないなかを、大天井に向かって出発する。 先発者も後続者もいない中での出発である。 ここのコースは、はっきりとした登山路が通っていて危険はないと判断したからである。 かの単独行の女性も、迷っていたようではあるが、私の自信に満ちた判断(?)のせいか一緒に付いてくることになった。 しかし、歩きはじめると、右斜面から吹き上げてくる風が相当きつく、晴れた日にはルンルン気分で歩けそうな縦走路も、吹き飛ばされそうになりながら進む。 逆に左斜面の道になると、風が穏やかになり、何の不安も感じずに済む。
何も見えない道をひたすら歩を進め、一か所相当下って登り返したのと、登山路両側の各所にコマクサの群落があったのと、小林喜作のレリーフをかろうじて見落とさなかったのを覚えているくらいで、大天井岳への登りと、大天井ヒュッテへの道との分岐に出た。 ここで、大天井岳を登るか、巻くかを雨風の中で迷う。 直前に追い越して行った男女ペアのパーティーは大天井ヒュッテに向かったらしい。 私の「どうする?」の問いに二人の表情も固いが、登ってもいいですよと言っているような気がして、「よし登ろう」と決断する。 しかし、この登りが相当きつい。 止まって休む状態ではないので、一気に登りきるが、小屋が目に飛び込んだ時は本当にほっとした。 燕山荘から2時間45分の苦闘であった。
大天荘には、こんな天気にもかかわらず、常念方面から来た人を中心に結構にぎわっていたが、布団を一人一枚占有してもまだゆとりがある状況であった。 夕食後、霧がはれたり、かかったりという状態になり、大天井の頂を極める。 燕からの縦走路の全貌と、常念岳と、わずかに槍の右側を望めたのが、望外の喜びであった。
朝5時30分、晴れとは言えあまり遠望が利かない大天荘を出発する。 大天井ヒュッテまでは急斜面の下りである。 ここに着くころにはかなり雲が切れてきて、防寒着を脱いで半そでTシャツになる。 ここから、ヒュッテ西岳までは赤岩岳ののどかな登りがあるが、比較的平和な道のりである。 晴れ始めてはいるが、まだ周りの山々は厚い雲をかぶっている。 大天荘から2時間50分、西岳ヒュッテにつき、ここで20分の休憩をとる。
ヒュッテから西岳の巻き道を進むと、見えた!。 前方斜面から前穂高の雄姿が顔を出しはじめ、どんどん大きくなっていく。 やがて、穂高連峰が見渡せるようになるが、頂上付近は雲に覆われている。
そして間もなく、水俣乗越までの200メートルを超える大下りである。 下り始めると、槍ヶ岳が見渡せる場所に出るが、その穂先は雲の中である。 ここの下りは、はしご、鎖の連続であるが、これまた楽しきかなというところであろうか。 アルプスが初めてという彼女も苦もなく付いてくる。
しかし、水俣乗越からの登り返しは、さすがにつらい。 急斜面を喘ぎ喘ぎ登り、たどり着いた上部でザックを投げ出し、水を浴びるほど飲む。 ここからわずかに登ると、槍ヶ岳がぐっと迫って見えてくる。 わずかに雲がかかっているが穂先までの全貌を見せている。 ここからはピークを越えるたびに槍がぐんぐん迫ってくる。 途中、切り立った尾根沿いに何段もの木の梯子が掛かっていて、ここを四つん這いになりながら超えたのが印象的である。
やがて、ヒュッテ大槍。 ヒュッテ西岳から約3時間。
小屋でカップラーメン調達し、大きく迫った槍を眺めながらの昼食である。 もうここからは、1時間で槍の肩まで。 なのだが、疲れた身体には最後の登りがきつい。 立ち止まりたくなるのをひたすらこらえて黙々と登る。 槍の穂先もそこに登っている人たちもはっきり見えるが、最後はもうひたすら下を向いて前傾姿勢を崩さない。 小屋の前の人々で沸き立つ広場に到着し、静かにザックをおろす。 「やったー!」
槍をバックに、親切な人にお願いし、銘々のカメラで3人の記念撮影。 そして晴れている内にと、休む間もなく穂先へ。 穂先からは残念ながら穂高連峰は雲に隠れていたが、逆側の山々を見渡すことができ、大満足の登頂となった。
槍ヶ岳山荘は、槍を制した人々で賑わっていたが、比較的すいていて、ゆっくり休むことができた。 夕食後には、雲間に沈む夕日を眺め、華やぐ談話室で談笑し、今日登り来し道のりを思い起こしながら眠りについた。
なお、登山中に撮った槍ヶ岳の写真を、時間を追ってスライドショーにしてみました。
こちらもぜひご覧ください。
朝目覚めると、なんと、ド快晴。 雲海の彼方に富士山がくっきり見える。 日の出を待つみんなに幸せに満ちた期待が膨らむ。 やがて、真っ赤な日の出。 雲海に浮かぶ南、中央アルプス、八ヶ岳連峰、浅間山、乗鞍、御嶽山などなど。 そして後立山連峰に至る北アルプスの山々。 言うことなし。
午前6時、上高地へ下るという単独行の女性に別れを告げ、新穂高温泉に向け出発する。
槍平に下る道は、ごろごろ岩の歩きにくい急斜面である。 槍も既に見えず、ただひたすら下る。 ここを逆に登るのもつまらなそうだし、急で大変だろうなと思う。 メジャーなコースではないのか、登山者が非常に少ない。 したがって、登ってくる人を立って待つ機会も少なく順調に下る。
このコースは、最初の急斜面を下りきると、ずっと樹林帯の道となり、太陽にさらされることなく歩けるのが幸いである。 所々の木々の間から、焼岳、乗鞍が重なって見えたり、やがて、穂高連峰が重なるように見えたりと、結構楽しめる。
しかし道のりは長い。 槍平、白出沢へとただただ歩を進める。 途中の白出小屋で冷たいトマトでのどを潤し、林道をひたすら歩いて、トータル約6時間で新穂高温泉に着く。 バス停横にある無料温泉で汗を流し、バス、JRを乗り継いで、午後8時過ぎ広島に帰りついた。
今回も、同じコースを共にした人々や、山小屋で出会った人々と多くの交流をもつことができた。 なかでも、73歳のご主人と奥さんが大天荘で、今日はヒュッテ西岳まで行きますと言っているのを聞いて、槍まで行けますから頑張りましょうと声をかけたところ、我々よりはだいぶ遅くはなっていたが槍ヶ岳山荘までたどり着き、熱い握手を交わしたのが印象的である。
楽しかった北への山行を終え、来年は久しぶりに穂高にしようか、剣にしようかなどと、もう長野さんと語り合ったりしている。
山々の写真をアルバムにしています。 こちらをどうぞ。