今年の6月、鳳凰三山に登った折に、甲斐駒ヶ岳の威容を見て、改めて登りたいと思ったのが今回の山行となった。 と言うのは、甲斐駒ヶ岳の迫力ある姿は、北岳に登ったときとか、甲府盆地から見上げたときとかに前々から惹かれるものがありながら、登るチャンスに恵まれなかったのである。 今回は、久々の単独行であるが、甲斐駒と仙丈ヶ岳を2日間に分けて往復するだけなので、それほど不安な要素はない。 天気予報も悪くなさそうだし、わくわくしながらの出で立ちとなった。
調べてみると、広島から北沢峠に入るのはきわめて面倒である。 要するに、南アルプス市営バス発着場となる仙流荘前に、マイカーか団体バスで入らないことには、滅多に来ないバスを、しかも乗り継いで入らなければならないことになる。 したがって、伊那側から入る人のほとんどは、マイカーであった。 マイカーでない人の参考になるかと思い、以下に私のとった道のりを記載しておきたい。 関係ない人はとばしていただければと思う。
広島から、新幹線で名古屋に入り、9:30発の名鉄高速バスに乗り、伊那市に着いたのは12:30であった。 ここで、JRバスで高遠まで行き、そこで長谷循環バスに乗り継いで仙流荘まで入らなければならない。 ところが、13:42分発のJRバスを待っていたのでは、仙流荘発の北沢峠行きの最終バスに間に合わない。 そこで、高遠までタクシーを使った。 金2800円なりは痛いが、行程を稼ぐ意味からすれば高くはないと思う。 高遠からは、13:05分発の循環バスに乗れば、14:10分仙流荘発の北沢峠行き最終バスに十分間に合う。 ちなみに、長谷循環バスの乗り場には誰もおらず、時間になって運転手さんが現れるまでは不安で張り裂けそうであった。 ここから約30分で仙流荘に着いたが、とうとうお客は私一人、運賃は有り難いことに200円であった。 もちろん、伊那市から仙流荘までタクシーを使う手もあるが、7000円強の料金は単独行にとってはやはり高すぎる。
南アルプス市営バスは14:10分発と言うことになっているが、峠から下りてくるお客さんを運ぶためピストン運転状態なので、早い時間にバスに乗れ、北沢峠に着いたのは、14:30位だと記憶している。 これなら、行く気にさえなれば仙水小屋まで十分入れる時間である。
私は予約していた長衛荘を宿として、明日に備えて、同宿の人たちと雑談しながらゆっくり過ごした。
朝5時、ライトをつけるほどではない明るさの登山道を登りはじめる。 登りは双児山を経由するコースを選んだ。 お天気からしてなるべく早く高いところに到達しないと、天候が悪化したり、ガスが立ちのぼって眺望がきかなくなる恐れがあるからだ。
最初はジグザグの樹林帯の中の道を登る。 よく整備されていて、歩きにくくはない。 久しぶりの単独行なので、どういうペースで登ったらいいか感じがつかめない。 とにかく息が上がらないようにゆっくり目で登る。 最近熊が出没するとかで、鈴を鳴らして登る人が増えた。 実際捕獲された熊が、キャンプ場のそばの檻の中に居るのをキャンプした人たちは見たそうである。 前に登っている人の鈴が近づいてくるかと思えば、後ろから鈴の音が近づいてきたりしてにぎやかなことである。
登りは決して急ではないが、常に登っている状態が続く。 1時間ぐらい登ったところで背後の木々の間から優美な仙丈ヶ岳が全貌を現す。 今日は単独なので、ゆっくりザックをおいてカメラを向ける。 美しい。
双児山の山頂に近づくと樹林帯が切れ、周りの山々が展望できるようになる。
仙丈ヶ岳、北岳、鳳凰三山、そして頂上に出るとハイマツの美しい駒津峰の向こうに堂々たる甲斐駒の威容が迫る。 あそこに登るのかと思うと、ぞくっとするような、何ともいえない思いが身体を走る。 数多くの山々をこなしてきたが、これほどの威容を持つ山は少ないと思う。 ここでも、存分に時間をとって、周りの山々の写真を撮る。
見渡せば、6月に登った鳳凰山のオベリスクが小さく見える。 オベリスクから見た甲斐駒が大きく立派に見えたのと対照的である。 何と、鳳凰山の右側に富士山がうっすらと。 北岳、間ノ岳もさすがに立派な山容を見せている。
双児山からは一旦かなり下り、駒津峰に登り返すことになる。 駒津峰への登りは、気持ちの良いハイマツの中を進むが、結構急できつい。 しかし、ここを登り切れば、さらに迫力ある駒ヶ岳が見られるという一心でピッチを上げる。 ところが、登ってみれば、一面のガスの中。 仙水峠からきつい登りを詰めてきた、疲れ切った人たちの顔が見渡せるだけである。 残念。
ここまで、北沢峠から休憩や写真撮影タイムを含めて2時間半。 コースタイム通りであり、まずまずのペースである。 しかし、この日はこの後晴れ間が出るわけでなく、ガスの中の登り降りとなった。
駒津峰からしばらくはやせ尾根の道を行くが、頂上へ直登する道と、摩利支天の方に巻く道に分かれる。 迷わず直登コースを選ぶ。 ところが、初っぱなの岩場で困った。 垂直な2m位の平たい岩なのだが、右の岩に右足を何とかかけられる斜めの突起があるが、そこに右足をかけて身体を持ち上げても、左に突起が全くなく、どうしてもクリヤーできない。 岩の上のスペースも小さく、上からの岩が迫っていてどうしていいやら困ってしまった。 さっき、登りで追い抜いていったご夫婦もこちらに進んで行ったのを見ているので、二人はここをクリヤーしたはずであり、正規の登りルートの一つなのだから、ここで引き下がったのでは男がすたる。 と言う一心で、3点支持もへったくれもあるものか、身体が真横になるような格好で何とか岩の上に出る。 誰も見ていなくて良かったと今思い出しても冷や汗ものである。 この後も、このコースの岩場には、鎖や鉄杭のたぐいは一切なく、足が長くて良かった(?)と思わせる岩場が続くが、これも最初のうちだけで、後はとにかく急な斜面を詰めることになる。
私だけでなく、初っぱなの岩には困る人もいるようで、帰りにここを通ったときに、クリヤーできなくて、引き返してくるパーティを見ているが、やはり直登コースは是非経験するようお勧めしたい。
山頂は霧の中であったが甲斐駒を制覇した達成感には代え難いものがある。何も見えないけれど、居合わせた人たちは皆満足感に浸っているように見えた。石の立派な祠がある。 これを持ち上げるのは大変だったろうな思わせる立派さである。 なぜかわらじが沢山ぶら下げてある。 先ほどのご夫婦は、雲の晴れるのをじっと待つ様子であったが、私は身体も冷えてきたので、早々と頂上を後にし、今度は巻き道を下る。 このコースは砂地の滑りやすい道が続き、登るには多少苦労するかもしれないが、さほどのことはない。 幸い、霧が晴れ、摩利支天が姿を現す。 これを極めるにはとてもじゃない怖そうなやせ尾根が続いている。 もちろん、そちらには近づかないようにし、カメラにその姿を納めて急いで遠ざかる。
駒津峰では、これから登る人たち、既に登ってきた人たちが入り交じり、様々な会話が飛び交う。 やはり、頂上を極めた人たちは、ほっとした、あるいは満足した表情を見せていた。
駒津峰からの下りは仙水峠を経由するコースを選んだ。 普通は、こちらを登りに使う人が多いようだが、たしかに急斜面の道は下りには向いていない。 ここを登るのもしんどかろうなと思いながら、我慢我慢で下り続ける。 しかし、前回の鳳凰山からの下り、ドンドコ沢に比べればかなり歩きやすいし、距離もないので、それほど苦労せずに仙水峠にたどり着く。 ここでも眺望はきかない。 ここまでの下りでは、一人の男性と前後して降りてきたが、登ってくる人も少なく、夏山シーズンの終わりを感じさせられた。
お昼前になってきたので、お弁当でも食べようかと思ったが、仙水小屋まで行って昼食にすることにした。 ラーメンか何か暖かいものが食べられるかもしれない。
ここからはほとんど傾斜のない道を下るが、驚いた。 両側に小さな岩が人手で積み上げたように斜面を覆っている。 それもかなり高いところまでである。 岩の大きさもそろっている、というか大きなものがないし、一体何なんだろう。 なぞである。
峠から約30分。 仙水小屋にたどり着く。 するとどうだろう、小屋の入り口にロープが張ってあり、関係者以外立ち入り禁止となっている。 弁当をと思っていたのに、小屋前のベンチにも入れない。 山小屋って言うものは登山者のオアシスじゃなかったのかと、情けなくなる。 小屋のおばさんがいたので、入らせてくれませんかと交渉するも、ダメを出されて、道端の石に座っての昼食となった。 豊富に流れる水場があったのが唯一の救いであった。
ここから約30分で北沢駒仙小屋に着き、相前後して降りてきた男性がここで泊まるというので、しばし小屋前のベンチに座り込んで歓談した。 静かないい小屋である。 ここから約15分、連泊の長衛荘に戻り、今日の行程を終えた。
長衛荘の前には、予約客以外泊まれませんの看板が立っていた。 そのわりには、二つの布団に3人寝るという、山小屋では余裕のあるほうの込み具合であった。 夜中に大雨が小屋をたたきつけたそうであるが、全く気がつかないほど熟睡する。
朝5時、雨がぱらつく中、長衛荘を出発する。 雨が降っていては登ってもしょうがないかなと迷っていると、キップのいい小屋の女主人(だろうと思う)が「雲に切れ間があるから大丈夫だと思うよ」と言ってくれたので、重い腰を上げたのだ。 今日も早めに高度を上げておきたいという気持ちから、小仙丈ルートを登りに選んだ。
登り始めると、確かに空が明るくなってきた。 これならいけるかもと思いながら樹林帯の道を行く。 今日も登りの連続で、楽ではない。 しかし、今日は多少ピッチを上げることにした。 昨日のピッチではあごを出すところまでいっていないし、何しろこれが今度の山行の最後の登りである。 私としてはぐいぐい高度を稼ぐ。 しかしもっと早い人が追い越していく。 やがて、後ろに甲斐駒ケ岳の勇姿が見えてくる。 夢中でシャッターを切る。 その背後に八ヶ岳の一部が見え隠れする。 北岳も木々の間にその雄大な姿を見せ始める。 今日は素晴らしい天気になるかもしれない、とまでは期待できないまでも、それを楽しみにひたすら登る。 結構きつい。 五合目を過ぎてしばらくすると森林限界になり、見通しが良くなり、駒ヶ岳とそれに連なる鋸岳、背後にうっすら八ヶ岳が見渡せる。
小仙丈ヶ岳への登りも急ピッチで詰め、頂に立ったときは、、、、、今日もまたガスの中。 空は明るく雨の心配はないものの、遠くの山の展望は全くきかない。 ここまで、北沢峠から2時間半弱。 写真を撮り撮りにしてはコースタイムを30分以上縮めている。
ここからやや下り、つかの間の平坦な道を行くと、最後の急登が待っている。 しかし、高度差は130m位であるから一気に詰める。 そして、登りが一段落して平坦になったところで、つがいの雷鳥を見つけた。 急いで近づいてシャッターを切るが、逃げる気配もなく落ち着いている。 さらに進んで道が左に巻きかかるところで、正面に頂上がぱっと現れた。 偶然にも、ちょうど良いタイミングで霧が晴れたのだ。 頂上の手前は深く谷が切れ込んでいて頂上がやけに遠くに見える。 何、あんなところまで行くのかと一瞬ぎくっとしたが、さらに進むと左へ大きく巻いた頂上へ続く尾根道があるのに気がつく。 やれやれ、それほど遠くはないわいと、ほっとする。
この晴れ間もつかの間で、頂上に立ったときは、またまた霧の中。 眺望は全くきかない。 しばらく頂上で、居合わせた10人足らずの人たちと歓談するが、その間も時々近くが見渡せるほどの晴れ間がのぞいた。 カールの真下に仙丈小屋が見えるが、登山者はほんの数人が見えるだけである。
後は下るだけ。 ほっとした気持ちと満足感にしばし浸った後、今度は、藪沢コースを下ることにして、頂上を後にした。
頂上から仙丈小屋まではかなりの高度差を一気に下る。 ここを登るのはかなりきつそうである。 藪沢コースは、大平山荘からの最初の登りと、この仙丈小屋からの最後の登りが急登で大変そうであるが、その他は、沢沿いの緩い傾斜の登山道となっており、全体的には小仙丈ヶ岳経由コースよりも登りやすいかもしれない。 下るのも従って楽である。 しかも下りの間はほとんど一人旅で、たまに登山者に出会うくらいであった。 やはり、小仙丈ヶ岳経由コースに人が集まるようだ。 一時間ぐらいで馬の背ヒュッテに着き、ここの水場でのどを潤す。 頂上で出会った男性としばしここで言葉を交わす。 そしてこの出会いが翌日の私に幸運をもたらすのである。 このヒュッテから少しくだったところから、沢沿いの下りとなる。 途中沢沿いと言うよりも沢の中のごろごろ石の道をかなりの間進むことになり、ここはちょっと歩きにくいし、増水したときは危険なような気がする。 沢を横切るところで、冷たい水で顔を洗いのどを潤す。 ここからしばらく行くと急傾斜の下りとなり、小走りで駆け下りるとぱっと大平山荘に出た。 やれやれ、ここで冷たいトマトを求めて、かじりつく。(冷や奴も魅力的だったが)
ところが、ここから北沢峠まで結構きつい登りが残っていたのである。 バスで登ったときはすぐのように記憶していたが、約15分の急登はさすがにこたえた。 もう、やけくそで最後の力を振り絞ってピッチを上げる。 やっと長衛荘にたどり着くとバス待ちの人たちがいたので、まだまだ余力がありそうな振りをして歩いたが、本当のところ倒れ込みたいくらいであった。
長衛荘で、たった2泊の逗留ながら長年付き合っている仲のようになった、女主人と若者に迎えられて山菜そばを頼む。おいしいとか、まずいとかを超越した感じで胃に流し込む。 13時発のバスに乗り、終点の仙流荘まで降り、この仙流荘が今夜の宿である。 こぎれいな10畳間に一人、1泊2食付き10,200円也。 しかも温泉つき。 こぎれいになったところでビールを飲み、爆睡した。
朝、7時33分発の高遠行きバスに乗るべく停留所に行ってみると、高遠のネーム入りの小型バスが待っていた。 例によって運転手はいない。 このバスに乗ったり、降りたりしながら待っていたが、運転手は一向に現れない。 とうとう出発時刻になった。 JRバスへの乗り継ぎ時間が余りないはずなので心配になってくる。 20分ぐらいしてから運転手があらわれたが、このバスは循環バスじゃないという。 行き先も高遠ではなく、「高遠まで何とか」と言う私の頼みも聞き入れてもらえなかった。
アルプス市営バスの切符売り場の男性担当者に聞いてみると、「そのバスはもう行ってしまったんじゃないですか」と言う。 冗談じゃない、私はずっと待っていたんだよって思わず声を荒げて言ってしまうが、彼には何の責任もない。 どうやら私が気がつかないうちにバスは来て、誰も停留所にいないので行ってしまったらしい。 次のバスは2時間後である。
昨日の夕食の時に、ビールをかわした、バイクツーリングで逗留していた40歳でカリスマ美容師の男性が散歩に出てきた。 昨夜は、さんざん彼の悩みを聞いてあげたのだ。 今度は、私が彼に今の苦境を話す番である。 目の前に北沢峠から降りてきたバスが止まり、昨日馬の背ヒュッテで言葉を交わした男性が思いザックを下げて降りてきた。 思わず話しかけて、昨夜の激しい雨の話題で盛り上がる(彼はテント泊)。 はじめは、懐かしさから話しかけたのだが、ふと思いついて、「お車ですか」と訪ねると、伊那インターから高速にのって埼玉へ帰るという。 「それでは伊那まで」と頼むと快く「いいですよ」。 ラッキー!
そばでこれを聞きつけた、単独行の女性とともに、山談義を交わしながら伊那市まで送っていただく。 そして、この女性のご主人の里が伊那市と言うことで、地理に明るかったのが第2の幸運で、高速バス乗り場を探すことなく直行できた。 乗り場に着いたのが9時5分過ぎ。 そして最後の幸運は、9時発のバスが7分遅れで出発するのに滑り込みで乗れたことであった。 このバスを逃すと、やはり2時間待ちと言うことであったので、本当にラッキーであった。 ラッキー3連発、なんとも後味の良い締めくくりとなった。
今回の山行でも、多くの方たちとの交流がありました。 私と同じ日程で来ていた方も多く、登山途中で、山頂で、そして、山小屋で親しくしていただきました。 特に、奈良から来ていたご夫妻にはいろいろお世話になり、私が山小屋前に忘れた大事なカメラを見つけて知らせてくれました。 本当にありがとうございました。
名古屋駅で満足感に浸りながら、みそひれかつ定食を肴に生ビールで乾杯し、一路広島へ。 今回も楽しかった。 やはり、山はやめられない。
山々の写真をアルバムにしています。 こちらをどうぞ。