笠ヶ岳登頂記

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 笠ヶ岳は、槍や穂高などの北アルプスはもちろん、南アルプス等の遠くの山に登った時にも独特のシルエットで目を楽しませてくれる山である。 急峻な槍・穂高のすぐそばにあって、緩やかな長い稜線を広げ、孤高を保つ姿は美しいものがある。 これまでも双六方面から降りてきたときに、何度か寄ってみたいなと思ったことがあったが、天気が心配だったり、早く温泉に入りたかったりで、登るチャンスを逸していた。 このたび、台風直後の好天気をTVが伝えているのを見て、ふと登ってみたくなり今回の登頂となった。
 一人で出かけるのを心配する家内に示した急造行程表は、わさび平(泊)-鏡平(泊)-笠ヶ岳(泊)-新穂高(泊)となっていた。実際は、わさび平出発間際まで、笠新道にするか小池新道にするかで迷ったが、歩きなれた鏡平経由の小池新道を登ることにした。 もちろん、鏡平で宿泊せず、笠ヶ岳に直行である。

 正直言って、笠ヶ岳登山そのものにはそれほど大きな期待を持っていなかった。 まだ登っていないし、まあ登っておくかと言う程度であった。 ところが、稜線歩きにも結構変化があるし、途中で急に姿を現す笠が岳の姿が雄大で美しいことと、抜戸岳から眺める、屏風のように迫る槍・穂高の姿は圧巻で、期待を何倍にも上回る山行となった。

2011年9月7日 わさび平-鏡平-弓折岳-抜戸岳-笠ヶ岳(山荘泊)

 4時50分、まだ暗いわさび平小屋を出発する。 天気は快晴、すこぶる気分がよい。 前後に誰もいない一人旅である。 今日は先が長いので、できるだけゆっくり歩を進める。 昭文社の地図のコースタイムによると、トータル9時間10分。 休憩を入れると10時間を超えることになりそうである。 秩父沢、シシウド平の登りも順調で、7時50分(コースタイムを一時間縮めた)、鏡平に到着する。 ここで、池に映る槍や穂高の写真を撮ったり、朝食を取っている単独行の男性とおしゃべりをして30分ほど休憩を取る。

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 鏡平から弓折乗越までは、急登ではじまり長いだらだら坂が続くきつい登りの一時間である。 到着9:20。 もうこれで今日のきつい登りはおしまいだ(とこの時は思っていた)とほっとする。 槍・穂高の眺めが疲れをいやしてくれる。 ここでしばしの休憩。

 弓折乗越から少し登ると弓折岳の山頂になるが、あまり感激の無い山頂なので素通りする。 ここからは、ルンルンの稜線歩き、と、しばし歩を進めると、何やら切れ込みの向こうにピークが見えるではないか。 半信半疑で進むと行く先はなんと深く深く切れ込んでいて、はるか下の方に底が見える。 なんと、標高差にして130m位の大ノマ乗越への急降下が必要で、さらに大ノマ岳への同じくらいの登り返しが待っていたのである。 聞いてないよ、と、嘆くが、調査不足であるのは我がせいで、誰にも文句がつけられないのである。 予想外のアルバイトに身も心もつかれるが、ここは何とか切り抜けた。 しかし、この後も一筋縄ではいかないのがこのコースであった。
 しかし両側の展望は素晴らしいもので、左に槍・穂高、右に双六、三俣蓮華、黒部五郎、そして双六小屋の向こうに大きな鷲羽岳。 前方には抜戸岳。 えっ、あれを超えるの???

 山の谷間にできた心地よい広場。 秩父平に着いたのが11時50分で弓折乗越から2時間30分。  ここでゆっくり昼食をとる。 先着の2パーティーが入れ替わりに食事を終えて行ってしまうと、独り占めの静寂に包まれる。 実に素晴らしい。 先ほど食事を取っていたパーティーの一つは、私と同じ年配の3人パーティーで、昨日は鏡平泊まりと言うことであった。 この後、抜戸岳手前で追い抜いたが、私もあのようにゆっくり楽しんで歩くようにしなければと今にして反省しきりである。
 さてここから、抜戸岳への登りがそろそろ疲労が蓄積してきた身にはつらいものになった。 体が鉛のように重くなってきた。 あえぎあえぎ、しかし確実に歩を進めるが、なかなか上には届かない。 この辺からコースタイムを大幅に超えた進みになってきた。 秩父平からの2段の登りを終えると、初めて期待していたなだらかな稜線歩きが始まり、やがて、前方に笠岳の姿が目に飛び込んでくる。 ややや、遠くの山から見る小さなこぶ状の山頂と違って、2段構えになった雄大な姿にしばし立ち止まり眺めを楽しむ。 なだらかな快適な登りを進むと抜戸岳に達する。 ここからの屏風絵のようにそびえ立つ槍・穂高の眺めは、まさに一級品で、北アルプスの中でも最高クラスの眺めであろう。 しばし座り込んで槍・穂高を味わう。雪に包まれた時の姿も是非ここから見てみたいものだ。

 抜戸岳は笠新道からの分岐(13:50着)にもなっていて、ここを過ぎると笠新道から登ってきた人たちで登山道がにぎわいを見せる。 後は笠ヶ岳を目指して進むだけだが、ここからも波状的にアップダウンが繰り返されしんどいことこの上ない。 笠新道から上がってきた人たちは相当疲れているはずなのに、結構みんな元気で、三原から来たという60代の4人組も私を置いてきぼりにしてどんどん登っていく。 私はと言うと、笠ヶ岳山荘に達する最後の登りを、まさに止まる寸前とも思えるスピードで足踏みをして、何とか無事にたどり着いた。 山荘到着が15:20で、わさび平からトータル10時間30分。 あーー疲れた。
 それでも、山荘への宿泊手続きを終えてすぐ山頂に向かう。 山頂では、360度の眺望が待っていて、先ほどの4人組とともに長々と感激に浸ったのであった。

 山荘から見た夕陽、朝日は素晴らしく、特に大キレットの向こうの朝焼けに輝く雲の模様と色は初めて見るような見事さであった。

2011年9月8日 笠ヶ岳山荘-杓子平-笠新道登山口

 日の出を堪能しているうちに、朝食一組目にあぶれたので、山荘を後にしたのは、6:40であった。 今日も快晴、気持ち良く下り始める。 しかし、疲労が残っているのか、小さなこぶ状の登りでも息が荒くなる。 それでも、笠新道への分岐、杓子平まで快調に下り、先行していた夫婦のお二人に追いついた(8:30)。 お二人とはわさび平から一緒の仲で、ここでしばし歓談しながら休憩を取る。

 杓子平から登山口までは、決して快適ではない下山路で、ゴロゴロ岩石を渡り歩いたり、大きな段差に悩まされたりの下りが延々と続く。 最初はまあまあのペースで降りていたが、一度よろけて軽く足首をひねってからは、こんなところでひどい捻挫でも起こしたら、単独行でもあるし大変なことになると、すっかり弱気な、へっぴり腰の下り方になってしまった。 一緒に下り始めたご夫婦にも追いつけなくなり、下から喘ぎ喘ぎ息絶え絶えに登ってくる登山者も途絶えてくると、一人さびしく、いつまでも終わらない下山路をただひたすら耐えるしかなかった。
 ようやく登山口についたのは、12:10で、杓子平から3時間40分、山荘から5時間30分もかかったことになる。 誰もいない登山口は静寂に包まれていた。 流れ落ちる水音にひかれ、その甘露を飲み干しながら、一人わが身をねぎらうのであった。

 この後、灼熱の新穂高温泉までの道のりをこなし、この山旅を終えたが、わが身へのご褒美として、平湯温泉の高級(?)旅館に投宿し、温泉三昧で残りの一日を過ごした。 とても疲れた、強行軍の山旅であったが、素晴らしい笠ヶ岳を堪能できて大満足であった。


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