大糸線側から、あるいは、穂高岳側から見ても常念岳はその端麗さが際立って見える。 いわゆる円錐形の山らしい格好なのだが、常念岳の形のきれいさは北アルプスでも例を見ないほどである。 今年はこの山を踏破し、最近やっとの思いで手にしたデジカメ一眼レフ(Canon 10D)で槍、穂高を激写し、奥穂まで足を伸ばして身近に穂高を撮影する計画でアルプス入りした。 しかし、例年より10日以上梅雨明けが遅れたせいで、常念までは登ったものの、蝶ー横尾ー涸沢ー奥穂を断念し、山を下り、平湯温泉で投宿した。 しかし、ここで乗鞍岳へのバスが出ていることを知り、翌日急に思い立って乗鞍岳へ足を伸ばした。
登山前日に訪れた穂高町周辺 左から碌山美術館、道祖神、穂高神社
前日のTVの天気予報は、梅雨がまだ明けず、ここしばらくは曇りか雨が続くとあった。 しかし、それが分かっていても引き下がれないのが山登り屋の性である。 朝、5時に迎えに来たタクシーに乗り、一の沢に向かう。 やはり雲が重く垂れ込めているが、雨は降っていない。
一の沢には、夜行列車で東京からやってきた登山者が先着していて、20人ぐらいが休憩小屋で朝食をとっていた。 タクシーの中で朝食を済ませていた私は、登山者名簿を提出すると早々に登山を開始した。 気楽な単独行である。 この日の私はすこぶる調子が良かった。 決してどんどん飛ばせたという意味ではない。 ゆっくり、ゆっくり歩を進めることができたという意味である。 調子が悪いと、あるいは、他の人に影響されて、ついペースを上げて、後であごを出すことがしばしばある。 ところが、この日は牛歩のごとく足を運ぶことができたのである。 実際、歩き始めてまもなく4人に追い抜かれたが、そのうちの3人は後半に抜き返すという快調振りであった。
一の沢登山道は、常念乗越まで全長6Km強、高低差約1200mであるが、前半の3-4Kmは沢沿いの比較的ゆるい傾斜の道を詰めていくことになり、知らず知らずの内に高度を稼ぐことができる。 随所に、しかもかなり高度を上げても水場があり、水筒要らずと呼ばれるのもうなづける。 4Kmを過ぎるころになるとさすがに傾斜がきつくなり、息も上がってくるが、ペースを保ちながら足を運ぶ。 今年は、気温が低いせいか、かなりの量の雪が残っており、一部は雪渓の上を進むことになる。 沢を横切って最後の水場で小休止を取る。 ここからは胸突き八丁と呼ばれる約1Kmの急登が残っている。 最後の急登はさすがにきつい。 樹林帯が終わり、ハエマツになってそれから稜線に出るものとばっかり思っていたので、いつまでたっても樹林帯の中を登る道にあえいでいると、突然明るくなって、そこが稜線であった。 一の沢から4時間弱、コースタイムよりも少し早い。 苦しくはあったが、やや余裕残りの登りであり、まだまだ老いてはいないぞと意を強くした登りでもあった。
常念小屋でしばしの休息を取るが、槍、穂高の景観どころか、すぐ近くの常念でさえ下の部分しか見えない。 雲が重く垂れ込めている。 我が愛するカメラはザックの奥深くで眠ったままである。 計画では、ここから常念岳を越えて蝶が岳まで縦走することになっている。 しかし、天気予報はさらなる下り坂であり、雨も覚悟しなければならない。 分かりやすい尾根道とはいえ、単独行で間違った沢へでも迷い込んだらと不安がよぎる。 ほぼ同時に登ってきた若者2人組が、早々と宿泊の手続きを済ませ、これから昼寝をするといって小屋入りするのを見て、急に蝶まで行く意欲が萎え、私もここに宿泊することにした。
明日は雨が降って常念に登れないかもしれない。 少なくとも今は降っていない。 そこで、今日のうちに登っておくことにし、万が一明日晴れたら、もう一度常念を越えて蝶ガ岳に行くことにした。 雨具、食料、飲料をサブザックに詰め、登り始める。 カメラは残念ながら小屋においてきたザックの中である。
わずか1時間の登りである。 ちょっと片付けておこうぐらいの気持ちで登り始めたが、これがなかなかのきつい登りである。 牛歩戦術も忘れ、譲られるがままに団体さんの前に出て張り切ったのが間違いの元であった。 後で調べたところでは、ここの高低差は400m近くもある。 鷲羽岳の三俣側からの登りに匹敵するのだ。 登れど登れど頂上には届かず、やっとそれらしき所に近づいてみると、なんと、8合目と書いてある。 どこを基点としての8合目なのか。 いずれにしても頂上はまだ雲の中。 同時に上り始めた単独行の女性も雲の中に消えている。 やがて、傾斜も緩やかになり、三股からの道と合流すると、まもなく頂上である。 コースタイムには1時間とあったが、1時間20分位は掛かったはずである。 頂上では、それでも30人ぐらいが昼食の最中であった。 私も、先ほどの女性(大天井岳にテントを張ってここまでピストンで来ていた)と三股から上がってきた男性2人組と談笑しながら昼食をとる。 すこぶる調子がいい。 昼食がうまい。 しかし、眺望はゼロである。
霧だか雲だかの中に沈み込んだ常念小屋で、埼玉から来たという山経験豊富な二人組みのご婦人との楽しいひとときがあったものの、やけに長く感じる午後を過ごした後、食堂で夕食をとっていると、窓側の人たちから歓声が上がった。 私もつられて窓のそばに駆け寄る。 槍が雲間に姿を現したのである。 瞬間ではあるが、垣間見た槍の姿はいつもながら素晴らしい。 食事もそこそこに、カメラをザックから取り出し、瞬間に顔を見せる槍にレンズを向ける。 とにかく、一枚でも山の写真が取れることをこれほど幸せに感じたことはない。
しかし、この後予想だにしていなかった展開を迎える。 この夜の天気予報は雨。 確かにこの予報は当たり、夜中にはものすごい雨が小屋の屋根をたたきつけた。 ところが、夕方の何十分かは雲が切れ、明るい太陽は姿を見せなかったものの、槍から穂高連峰までが一望できたのである。 あまりの幸せに、宿泊者の多くが小屋から出て、寒さも忘れ山の景色に見入ったのであった。
はしゃぎ気味の歓声があちこちから上がる。 当然である。 どちらから来た人も、一日中雲の中を歩いていたのだから。
左から、奥穂高岳、北穂高岳、大キレット、南岳、中岳、大喰岳、槍ヶ岳 (常念乗越より)
朝起きると、昨夜の激しい雨は上がっているが、昨日よりもさらに重く垂れ込めた雲が辺りを覆っていて、小雨がぱらついている。 天気予報は相変わらず良くない。 3年前に遭遇したものすごい雷をも思い出し不安になる。 仕方がない、山を下りよう。 私の決断は早かった。 常念岳には足跡を残したし、一応槍から穂高までのパノラマ写真をものにすることもできた。 穂高岳の激写は次の機会に期待しよう。
昨日登ってきたばかりの道を下るので、勝手は良く分かっているが、結構行程が長く感じられた。 特に急斜面を下り切ってからが長い。 こんなに長くしかも結構傾斜のある道を登ったのだろうかと思う。 登っているときは、あまり傾斜を感じないものなのだ。 途中弱いながらも雨が続き、だらだら下りをようやく下り切り、一の沢に着いたときは雨と汗でびしょぬれの状態であった。 所要時間3時間弱、ほぼコースタイムどおりである。 Tシャツを着替え、二人組みの男性とタクシーに相乗りして豊科へとご帰還である。
なんとなく消化不良気味であり、このまま広島に帰りたくない思いもあって、ひとまず、以前泊まったことのある旅館に電話し、平湯温泉の宝泉館に投宿した。 平湯のバスセンターで、ここから乗鞍岳へのバスが出ていることを知り、なんとなくパンフレットをもらって宿に向かったが、天気が回復するにつれて、簡単に登れそうな乗鞍へ行ってみるかとの思いが募ってくる。 その夜は、何度も露天風呂につかり、ふやけきった体で爆睡した。
バスセンターでもらったパンフレットに、夏ダイヤが載っていなかったのが敗因であった。 7時始発ということなのだが、朝早く目覚めてしまったので、6時過ぎにバスセンターに行ってみると、なんと、乗鞍岳行きのバスは朝3時半が始発とある。 これなら、山頂でご来光が拝めたのにと悔やまれる。 実際この日の日の出は素晴らしく、おまけに360度の展望が楽しめたそうである。
しかし、6時半発のバスでもスカイラインを走るころは素晴らしく晴れていて、笠岳、穂高連峰、槍ヶ岳などなどが雲海に浮かんで見渡せ感動的であった。 早く山頂に行ってこの景観を眺めたいとの期待が大きく膨らんだ。
乗鞍岳は、ほかの山から見るとその山塊の大きさに驚かされる。 単独峰でありながら、いくつかの山の集合体を呈していて見るからにどっしりしている。 実際バスで登っていくとその広さに驚かされる。 実に雄大である。 ところが、バスの終着、畳平は、小さなこぶ状の山に囲まれていて眺望が全くきかない。 早く北アルプスの山々を眺めたいのにとあせりを感じる。 このとき、近くのどこかのこぶに登っていれば、おそらく、北アルプスを一望の下にできたはずである。 しかし、あせる私は、とにかく頂上へと歩を進めた。 走りはしないけれど、早足に近い状態で頂上を目指した。 不幸なことに途中でも眺望がきかない。 その内気が付くと、あたりは晴れているが、山全体が雲に囲まれ始めている。 そして、1時間強で急ぎ上りきった剣が峰(頂上)では遠くの山は全く見えない。 愛器は、我がひげ面を撮るしかその実力を発揮できなかったのである。 バスの窓から取った笠岳の写真(右)がせめてもの一枚である。
登山途中からの剣が峰、と、剣が峰でのわたし。
剣が峰から下り切り、畳平周辺のお花畑を散策する。 これだけの広さで、一面に見渡せるお花畑は、アルプスでは、ここだけではあるまいか。 いろんな種類の花々が咲き誇っている。 素晴らしい。 私は、花だけの写真には興味がなく、背景に山や渓谷が写っていないと撮る気が起こらないが、ここではそれは期待できない。 それでも幾枚かを収めた後、珍しく花を観賞しながら散策した。
畳平から再びバスで平湯温泉へ。 そして、11時にはバスに乗り、一路広島へと帰還した。
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